2007年07月05日

PSE問題の進展

1年半前ぐらいに、話題になったPSE問題。
「Product Safety」、「Electrical Appliance & Materials」の略。
PSEマークが貼られていない製品(大体2000年以前作られた製品)は販売しては駄目というようなもの。中古もそれにあたる。一応ビンテージ楽器などは特別申請などで販売可となりましたが、それ以外のものは駄目だとかとかさまざまな抗議(憲法違反(知的財産権の侵害)など)があったことを思い出します。
学生の時とか中古楽器にどれだけ助けられたことか。。。
「ビンテージ品等も含め、とりあえず、あなたの声を聞かせて下さい。」
っていう風なことを言っています。
意見がある人は7月中に下記のHPからどうぞ。
http://www.meti.go.jp/policy/consumer/seian/denan/chuko_kentou.htm




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2007年07月03日

「4分33秒」という曲

有名な曲を一つ紹介しようと思う。
ジョンケージの「4分33秒」(別名「0分00秒」)
トリビアの泉などで取り上げられたため、かなり有名にはなったので、知らない人はそうはいないと思う。
しかし、その心までしっかり理解した人は少ないかもしれない。

「音楽は音を鳴らすもの」というこれまで常識だったのを、「無音の」音楽という風に置き換えて掲示した曲。

楽譜には

I
TACET
II
TACET
III
TACET


と書かれているだけ。
つまり、登場して、何もせずに一定の時間が経過したら退場する。

 楽曲は、3楽章から成っていて、各楽章の時間は、演奏者の自由。その楽器も何でも良い。初演が1952年8月、米国ニューヨーク州のウッドストックで、ピアニスト、デイヴィッド・チューダーによって行われた。このときは、第1楽章を33秒、第2楽章を2分40秒、第3楽章を1分20秒。合計時間「4分33秒」が、この曲名となった。
 この曲は、いわゆる「無」を聴くものというよりも、演奏会場外のさまざまな雑音や会場のざわめきなどを聴くものとされている。コンサートの余韻を大事にするために、この作品をアンコールで取り上げる演奏者もいるらしい。
 上記の通り、きっちり「4分33秒」である必要は無い。
ただ、周りの音に耳を傾けるだけ。それだけである。

この曲が生まれたのは
ジョン・ケージが、無音室に入ったが、音が鳴っていた。ということから、いくら静かにしても必ず音は存在する。息をする音や心臓の音もそう。生きている限り無音はあり得ない。
こうして、生まれた。

生きている限り、音楽は鳴り続けている。

これが「4分33秒」と曲。

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2007年07月01日

音響兵器

音響兵器というのは音波を敵に当てて、破壊もしくは敵の攻撃意欲を削ぐ兵器である。非破壊・非殺傷であるため、現代では有効に使われようとしている。

第2次世界大戦のときから、空襲の時に不快な音を爆撃機から出して、恐怖を植え付けようとすることがあった。
しかし範囲が無指向なため、これだと味方にもその音が聞こえるので、味方にも被害がおそぶ。
科学が発達し、超音波に音をのせることで、特定の地域に音を届けることができることがわかり、超音波の音響兵器が作られるようになる。

現在では長距離音響装置LRAD(Long Range Acoustic Device)というものがアメリカでつくられており、イラクで実用されているようだ。このLRADは不快な大音量の音を特定の地域に投射。他の地域には聞こえない。しかも、音だけ聞こえるので殺すこともない。
民間でも航海中に海賊に襲われたときに、このLRADにより海賊を撃退することに成功している。
暴動がおこったときなどにも有効で、よく水ホースや催涙弾などが使われているが、これでは物理的に人体に影響が及ぶ。しかも催涙弾で、息がつまり、死亡するケースもある。

ただ、音響兵器は非殺傷といわれるが、強烈な音をずっと体に浴びると、健康的に被害がおよんだり、頭がおかしくなるので、道徳的にどうなのかという疑問の声もある。

実はこの兵器は兵器としてではなく、民間でも実用はされていて、美術館などの待ち行列中の人に向けて、館内放送を鳴らすとことで実用されている。

そういえば、民間で使えば便利ではあるが、音響分野を研究する人にとって自分の研究が兵器をしてつかわれてのはどうなのかを考えてほしいと思う。ま、こういった研究ではなくてもさまざまな研究はもとは軍事利用のための研究であったりはするんですが、、、

なんにせよ強烈な音(声)を浴びせて、人に危害を加えるのは民間にも多数存在していることは確かなことである。




ラベル:音響兵器 LRAD
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2007年06月28日

私は騒音キラー

電車広告にでっかく「騒音キラー」と書かれたパナソニックの携帯オーディオの広告を見る。
「私は騒音キラー」



確かに、ノイズキャンセラーの機能を搭載しているので、
「騒音キラー」
と命名しているところがちょっとおもしろい。
やはり効果はあるようで、電車の音が半分以上も聞こえなくなったという声がちらほら耳に入る。

このパナソニックの携帯オーディオ自身。かなりいいものだと思う。
しかし、できれば、携帯オーディオで音楽を聴くことで騒音をなくすのではなく、騒音をできるだけ出さない努力というものにも力をそそいでほしいものだ。


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2007年06月27日

バイノーラルビート

前にバイノーラルのことについて書いたので、
それを利用した睡眠法(体外離脱等々)の紹介。

睡眠の状態では脳波は特定の周波数になっている。
この周波数を直接聴くことで脳波をその状態に持っていき、
睡眠に至る用にする。

基本的にはヘッドホンで聴く。
2つの音(周波数5~10Hzぐらいの差の音)を用意し、
片方は右のみ、もう片方は左のみから聴けるように位相を配置し、
同時に鳴るようにする。
すると、2つの音は干渉しあうので、強くなったり弱くなったりし、うなりを起こすようになる。これがバイノーラルビートと呼ばれているもので、5~10Hzのうなりというのは脳波に直接響くので、脳波がこの周波数に固定されて、睡眠や体外離脱だとか言ったものに陥るようになる。

眠れない人は、羊を数えるかこの方法を試してもいいかもしれない。
これって今の時代パソコンを使えば簡単にできてしまうので、すぐにできる。
ただし、自転車や車に乗ってるときはしないように、事故ります。






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2007年06月24日

警告音

チャイム(時報)やクラクションと日々私たちの生活の中には、
警告(お知らせ)のための音があふれている。

当然だが、これらの音は「何かを知らせるため」の音である。
例えば、
「時報」は時間を知らせるための音として、小学校から中高大、そして社会のいたるところに見受けられる。
「クラクション」は車で走ってるときに、他の車と事故を起こさないための警告するための音。これがなければ、事故が多発しているだろう。また、電車のホームなどでも見られる車掌の「笛」や蒸気機関車や船の「汽笛」など、安全確認のための保安器具として、よく知られるトコロである。

本来、人は音に対して、敏感である。
敏感であるからこそ、こういう音にはすぐに反応する。
世の中には警告する音があふれている。
でも、人は自分に関係ないと思う音に対しては左から右へ素通りするということが科学的にも証明されている。
そして、警告音があふれているからこそ感覚が麻痺している。

このことは音楽を作る人にとっても重要である。
「自分には関係ないと思う音」には全く興味を持たないし、聴かない。
つまり、どうでもいい音楽には振り向きもしない。どうしても聴かせたいと思うのなら、警告をならすための音を作ることが要求されている。

世の中には警告があふれている。
音には警告するものが詰まっている。
じっくりそれらの音に耳を傾けることもしてみてはどうであろうか?



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2007年06月15日

サウンドスケープ

よく耳にする「サウンドスケープ」という言葉。
これはsound(音)と〜scape(〜の眺め)をくっつけた造語。
ランドスケープ(視覚的な景観)に対して、「聴覚的な景観」や「音の景観」というのを意味する。
カナダの作曲家であるマリー・シェーファー氏が提唱したものです。
現代の視覚文化に偏りがちなところを人間本来の聴覚文化への呼び戻しを提唱しています。

「サウンドスケープ」というのはただ単に「音」を聴くだけではなく、
社会との関わりの中での音を「どう聞き取り」「どう意味付けて」「どう価値を見いだすか」を概念としています。
どうしてこの音が出ているのかという文化的背景を読み取ることもこの「サウンドスケープ」という言葉には含まれています。

すべての音楽に文化的背景がなし得たものがたくさんあります。
といいますか、文化的背景が無い音楽は存在しません。
すべての「音」には社会的、文化的背景があります。

「音という観点から文化をとらえる」

これが「サウンドスケープ」なのです。


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2007年06月13日

キャノンというブラグ


プロ用のコネクタとして有名なキャノンプラグ。業界では「キャノン」と呼ぶことが多い。
実はこの名前、このコネクタを最初に作ったメーカITTキャノン社の名前で、正しくはXLRコネクタなどのそれぞれの名前がつけられている。ほとんどのプラグは“XLRコネクタ”であるが、これは業務用オーディオ用ケーブル。ほかに普及タイプの“XLA”やLCOFCという導線を使用した高音質タイプの“XLG”などの計3種類があります。
ま、これらの種類を見分けるのがめんどくさいので「キャノン」と総称して言おうってなったようです。
他のメーカー(CANAREとか)はXLRと品番には書いてます。
ちなみにこれは日本だけの俗称で、海外ではXLRとか言わないとわからない。

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2007年06月10日

ケーブルについて(環境問題)

私たちコンピューター音楽をやっている人間は
電気製品を使っている身でもあるので、
一つ取り上げてみたいと思う。

RoHS指令(Restriction of Hazardous Substances 危険物質に関する制限)
"電気・電子機器に含まれる特定有害物質の使用制限に関する欧州議会及び理事会指令"
つまり、水銀や鉛などの有害物質を使う電気製品は使っては駄目。ということです。

環境問題が昨今取り上げられている中で、
こういったことが実際に行われている。
これはコンピューターにも例外はなく。
ケーブルなどのものへも影響が及んでいる。

http://www.canare.co.jp/enviro/enviro.html
↑ケーブルで有名なCANAREのHPより

ということは音楽系の機材って結構駄目なものも出てくるのじゃないだろうかと考えてしまう今日この頃。。。



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2007年06月03日

音楽の歴史

現在は2007年。21世紀。
今、世の中で作曲家or音楽家と呼ばれている人は20世紀に生まれた人ばかり。つまり、現在の音楽というのは20世紀に生まれ育ち、その音楽背景を持った人が作った音楽であるといえる。
もうそろそろ本当の21世紀の音楽背景を持った作曲家が出てきてもおかしくはない。出てきてたら7才。十分な年。モーツァルトも5才ぐらいから非凡な曲を作曲した。モーツァルトが生まれ育ったのは250年も前の話。当時は情報は西洋社会中心。では現在はマスコミ(もはや死語かもしれないが)の発達によって様々な情報が降り注ぐ5才ぐらいの子はどんな音楽をつくっているのだろうかと考える。
 こう考えるとこれからの音楽のあり方が多少なりとも見えてくるのではないだろうか?



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2007年05月29日

観音

「観音」という言葉について、
元はご存知の通りの「観世音菩薩」のこと。
この熟語をよくよく考えてみると、

音を観じる。
音を観る。
音を聴く。

となる。

音に対して、どこまで真剣になれるか。
自分の音をどこまで観れるか。
個々が持っている「音に対しての価値観」を見つめ直すことが、
すごく重要なことであるといえると考える。




ラベル:観音 音作家
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2007年05月28日

学研のおばちゃん



「まだかな、まだかな〜♪学研のおばちゃんまだかなぁ〜」

ほとんどの人がこのCM曲を歌えるはずである。
学研も子供用のものをつくるというより、
大人と子供で何か作ると行った方向に変わってきたようだ。
それはともかく、こういうので。音に関することが取り上げられるのは実に楽しいことだ。
もっとやってくれないかな。


ラベル:学研 勉強 教材
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2007年05月27日

指揮の指揮棒

「のだめカンタービレ」が人気漫画として、
ドラマやアニメにされて、指揮者の方にもずいぶん注目が集まっている。

そういえば、いつから指揮というものができたのか?
そして、あの指揮棒(タクト)って最初は手のみだったんじゃないだろうか?
とかとか思ったりしていたので、調べてみると、

主に教会からスタート。
中世の指揮は、主基本的にテンポとかではなくメロディーなどの音の高さを指揮していたのが主流。その後、テンポも指揮するようになっていったが、主に指揮をするのは作曲者だったり、代表奏者が弓を振ったりして指揮したり、紙をまるめて棒代わりに指揮したり、手で指揮したりしている。
バロック期には長くて重い棒を床をたたいたりして指揮。その音があまりにも主張しているため、「指揮棒の音も含めて音楽」とはならずに騒音扱いだったそう。作曲家リュリはその重たい棒で自分の足を突き、その傷の化膿がもとで苦しみながら死亡するという、不幸が起こっている。
その後19世紀に入って、音楽が複雑になっていったため、指揮専門者が必要になった。そして、ようやく現在の「指揮棒(タクト)」が使われ始めた。タクトによる拍の取り方によって、表情が全く変わってくることから、「人によって同じ曲を演奏しても全く違う曲となる」ということも事実として現在に至る。


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2007年05月26日

糸電話

今はもう見られないであろう「糸電話」。
「糸電話」はマイクの原理そのものである。
糸によって紙コップから紙コップを結び張り付いた紙が振動して、音を伝える。
マイクもこれと同じで、マイクの中にある「振動板」が空気によって震えて音になる。これがミキサーやスピーカーに伝わって音が出る。

「糸電話」を聞く場合、周りも静かな環境であれば、
十分会話できる範囲の声を聞くことができる。
しかし、今の時代騒音社会ではその静かな環境を探すことから、この遊びはスタートするのだから、「糸電話」の衰退は納得せざるを得ない。

糸電話の原理を使えば、様々な遊び(いたずら)ができる。
例えば、障子に糸をくっつけてやると、障子がガサガサ動く。
お化け屋敷にぴったりですね。

また、最近では「ストリングラフィ」という糸電話を弾く楽器が登場しています。
パフォーマンスとしてすっごくおもしろいなと感じます。
紙コップ自体はどちらかというと「スピーカー」の役割をしていて、糸を弾くことで「スピーカー」が震えて鳴るという仕組み。
音も部屋の中であれば、すごく大きい音になると考えれます。



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メダラとヴォルタ



ビョークの約3年ぶりのアルバム。アルバムには彼女自身のプロデュース/作曲による全10曲が収録。LFOのマーク・ベルをはじめティンバランド、アントニー&ザ・ジョンソンズのアントニー・ヘガティー、マリのコラ奏者、トゥマニ・ジャバティ、コンゴの電気リケンベ(親指ピアノ)バンド、コノノ No.1、中国琵琶奏者のミン・シャオ・ファン、ライトニング・ボルトのBrian Chippendale、ソニック・ユースやジム・オルーク絡みで知られるChris Corsanoといったアーティストなどが参加。

前作の「メダラ」のはすべて人間の声を使って、フルアルバムを作った。人間の声の恐ろしさみたいなものと、人間の声の限界はまだまだ見えないと感じるアートな作品となっている。

この2つのアルバムを比べると、
一見違うアルバムのような感じも観れるのだが、
bjorkの世界観は変わっていないと感じたのが一つ。
あとは「メダラ」があったからこの「ヴォルタ」が生まれたのだと確信してしまう箇所がたくさん見受けられる。


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2007年05月25日

音の神経衰弱



こういうおもちゃが世の中にもっと出てくれば、
音を聴くという行為ができる人が増えてくるのだと思う。
もし、子供の誕生日プレゼントに何を買おうか迷ったときは、
とりあえずこれを買っとけば、問題なし。

「ようせいすいじゃく」もこれと同じ。
音源が違うだけ。


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2007年05月24日

ドナドナの美しさ

ついつい口ずさんでしまう曲「ドナドナ」

ある晴れた 昼さがり
いちばへ 続く道
荷馬車(にばしゃ)が ゴトゴト
子牛を 乗せてゆく
かわいい子牛 売られて行くよ
悲しそうなひとみで 見ているよ
ドナ ドナ ドナ ドナ
子牛を 乗せて
ドナ ドナ ドナ ドナ
荷馬車が ゆれる

青い空 そよぐ風
つばめが 飛びかう
荷馬車が いちばへ
子牛を 乗せて行く
もしもつばさが あったならば
楽しい牧場(まきば)に 帰れるものを
ドナ ドナ ドナ ドナ
子牛を 乗せて
ドナ ドナ ドナ ドナ
荷馬車が ゆれる



正式名称は「ドンナ・ドンナ
ポピュラー音楽家のショーロム・セクンダが1940年にミュージカル用音楽として作曲。
はじめはドイツ語で作詞されていて、後に世界中へと広まった。

この曲の背景として、忘れてならないのは「戦争」
ナチス・ドイツのユダヤ人大虐殺。このユダヤ人の哀れみを込めて、
連れられていく罪の無い子牛と空を自由に飛べるツバメを対比させて、
自由の大切さを訴えている曲。

Aメロ終わりのメロディーが下へ向かうところがなんとも哀しく切なくなります。そして、Bメロの盛り上がりがそれを引き継いで、身がはがれそうな気分を醸し出します。
そして、またしてもサビ終わりの落とし方に美しさを感じるところでしょう。
誰でもおぼえている歌ベスト1に輝きますね。

ちなみに「ドナドナ」とは、牛を追いたてるときに使う言葉。

posted by 中嶋のんと at 18:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 音日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月22日

上手下手

じょうず。へた。
と読んでしまう人も世の中にはいっぱいおられるであろう。

ステージを見て右が上手(かみて)。左が下手(しもて)。
お芝居の約束事であり、
「身分の高い人(上)は右、低い人(下)は左へ」
というのがお芝居の約束事となり、
これが定着した。

落語を見てみるとわかる通り、
身分の違いがある人同士の会話は
身分の低い人を演じてるときに、
噺家は上手を見て話す。

舞台への登場の仕方では、
下手から登場し、下手へ退場していく。
これは生理的にも安心してみることができるという
配慮がなされています。
この逆をするのは、不安をよぎらせる一つの方法論として
演出されるようです。

そういえば、ライブハウスに行くと、
たまに上手からしか登場できないライブハウスが多いが、
これは、ステージに上がるのは「上手い人」だからなのか?
はたまた、ロックスター的な存在だからなのか?
とかさまざまな理由が考えられます。


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2007年04月24日

モーツアルトになりたい人は。



あの時代の人は、公共に出る時は
絶対にこんなカツラをしていたらしい。
そもそもこれを流行らせたのは、マリー・アントワネット。
マリー・アントワネットはその時代の流行の人。
モーツアルトも一度マリーに告白したらしい。。。

このカツラはほんとに一時的なもので、
ちょっとしたら、もうカツラの時代じゃなくなったらしい。

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2007年04月23日

時間

音の三要素「高さ、強さ、音色(音質)」
これらがうまく絡まって音が構築されるが、
「時間」がなければ、音はならない。
音に一番必要なのは「時間」である。

ラベル: 時間
posted by 中嶋のんと at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 音日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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